『いま日本語が危ない』寸評集
批評対象
著者 | 太田昌孝 |
初版発行 | 1997 年 9 月 25 日 |
発行所 | 丸山学芸図書 |
ISBN | 4‐89542‐146‐5 C3055 |
批評
- 1.
- Joseph Becker 及び初期の Unicode 制定者が一文字 16 ビットに固執したがために、UCS/Unicode に於いて漢字などの使用について不便が生じたのは認めざるを得ない。
- 2.
- 太田氏の謂う「日本漢字」「中国漢字」「韓国漢字」は各々「日本語」「中国語」「韓国語」と対応した体系ではないらしいのだが、だとすればこのような分類の根拠が不明である(字体規範を指しているのか書風を指しているのかすら不明)。
- 3.
- 太田氏は「日本の漢文の教科書の多くでは日本漢字スクリプト(いわゆる教科書体)で中国語が表記されている」(『危ない』p. 118)という例を挙げているが、漢文は中国語(少なくとも、普通話などの現代中国語)とは異なる。
- 4.
- 太田氏は「万葉集では中国漢字スクリプトにより日本語が表記されており、しかも、この場合、漢字は表意ではなく表音文字として利用されている」(同頁)という例を挙げているが、日本人である大伴家持始め写本の作者が和歌を綴るのに「中国漢字」を用いたと何故判定できるのか(家持自身の原本はとうに散逸している)。況して、現代の印刷本であればその大半が戦後の日本新字体であろう。
- 5.
- 太田氏は Unicode で包摂されている 3 画と 4 画の草冠を「露骨に異なる」(p.175)と形容しているが、毛筆楷書では 4 画草冠は一般的である。(最近はお笑い番組の少々俗なフォントでも 4 画草冠を用いている例がある)
- 6.
- 太田氏は「 4 画の草冠を使った JIS のフォントは存在しないし、もし存在しても多くの日本人は『誤字だ』と思うだけなので、日本漢字の実情を反映していない……」(同頁)と認識しているが、日本語の書物を読む者の常識として 3 画草冠と 4 画草冠は等価と看做すべきであり、太田氏の認識こそ日本漢字の実情を反映していない。
- 7.
- 太田氏は「国際化された舞台で、日本人が韓国に出かけていって、韓国の機器で故郷からの電子メールを受け取ろうとすると、韓国漢字で表示されるのは困る」(p.177)という例を挙げているが、これと 3. の例を組み合わせると「日本漢字で漢文を表すのは良いが、韓国漢字で日本語を表すのは困る」という矛盾に陥る。
- 8.
- DIS 10646‐1(UCS の初期案、31 ビットの空間に日中台韓の ISO 2022 系文字集合を埋め込む)は、Unicode よりかは整然としていたかも知れない。但、現実に於ける Unicode に次々と文字が追加されて今に至ることを考えれば、仮に DIS 10646‐1 が通っていたとしても同様の波瀾は免れ得なかったように思われる。
- 9.
- 太田氏の懸念に反して、現状 Unicode よりかは「厨房」のような解り難い俗語が日本語を危機に陥れているように思われる。